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誕生日クッキー

クッキーが食べたい今日この頃。
そんな気分にぴったりの小説をUPします。
ではどうぞー。






誕生日クッキー





トタトタと軽い足音が近づいてきたのは、ぼくがソファーに座って本を読んでいる時だった。

この弾むような、こちらまで楽しくなるような足音。

ぼくはその足音を迎えられるよう、静かに本を閉じる。

すぐにドアノブを開ける音と共に足音が飛び込んできた。

「シュウ、お誕生日おめでとう!」

それと同時に元気な声も。

「今日だけで10回は君に祝ってもらったよ。」

ぼくは微笑を返す。

起きた時におはようの挨拶よりも先に祝ってもらったのを始まりに、今日はハルカからのおめでとうラッシュ。

でも、この可愛い恋人はまだまだ祝い足りないらしい。

自分が誕生日を迎えたかのようにニコニコしながらぼくに近付いてきた。

……おや?

「ハルカ、どうして手を隠してるんだい?」

ぼくの前まで来たハルカは両手を後ろに隠している。

「どうしてだと思う?」

彼女はソファーに腰かけたぼくに視線を合わせるように前かがみになった。

「どうしてかな?」

わずかに高い位置にある彼女の頬に手を添えながら返事をする。

本当はもう気づいているのだけれど。

彼女が入ってきたのと同時に香った甘い匂い。

ハルカはいつも甘い香りをさせているし、ぼくはそれが大好きなのだけれど、それとはまた違う香り。

「ぼくに何かくれるのかな?」

それはバニラの香りだった。

隠しているつもりでも隠し切れていない鼻孔をくすぐる香り。

「へへっ、当たりー。」

ハルカが手を前に持ってくる。

そこには赤いリボンの付いた袋があった。

「はい、誕生日プレゼント!お誕生日おめでとう、シュウ!」

可愛い小袋は、ハルカの今日十数回目のおめでとうを詰め込んでぼくに差し出された。

「ありがとう、ハルカ。」

彼女の頬に添えていた手を一旦離して、袋を両手で受け取る。

ちょうど両手で包み込めるくらいの袋はじんわりと手に熱を伝えてきた。

「何が入っているのかな?」

ハルカを見上げると、開けて開けてと子どものようにキラキラした瞳とぶつかった。

その様子があまりにも可愛いものだからまた頬を撫でると、今度は拗ねたようにその頬をふくらませた。

頬に当てた手を取られ、袋に持って行かれる。

余程、ぼくが袋を開けるところを見たいらしい。

「はいはい。」

蝶々結びになったリボンをほどく。

待ちかねたように開いた袋の口からは温かな重みの正体が顔を覗かせた。

「クッキーだね。」

「そう!出来たてよ!」

一枚手にとって眺めていると、ハルカの視線が食べて食べてに変化した。

リクエストにお応えして、クッキーを口に持っていく。

……おや?

「食べてくれないの?」

少し気になることがあったのでクッキーをまた眺めていると、ハルカが不安そうに尋ねてきた。

「いや、食べるけど……。」

食べてみれば分かるかと、クッキーを口に含む。

……あれ?

「もしかしてシュウ、おいしくない?」

ハルカが半分涙目になっている。

うるうるした瞳がとても可愛い。

……って、そうじゃなくて。

「いや、おいしいよ。」

実際、とても美味しかった。

お菓子が大好きな彼女らしく、生地には細かく砕いたナッツが入っていたりと手が込んでいる。

「じゃあ、どうして、そんなおいしくなさそうな顔するの?」

「別に、おいしくないってわけじゃないよ。」

少し気になることがあるだけで。

――バニラの香りがしないのだ。

クッキーからは全く。

最初は気のせいかと思って、口に含んでみた。

口の中でなら香りも広がるだろうと思っていたが、それも全く無い。

でも、部屋中に香るバニラの匂い。

……。

「きゃっ!」

ハルカの手を引っ張る。

心配そうにぼくを覗き込んでいた彼女は簡単にぼくの膝に倒れてきた。

「ああ、君だったのか。」

片手にクッキーの袋を持ったまま、もう片方の手でハルカの背を抱き寄せる。

肩口に顔をうずめると、強いバニラの香りがした。

「え、あ、あの、シュウ……?」

何故、こんな体勢になって、しかも納得されているのか分からずにハルカが問いかけてくる。

「どうして、クッキーからするはずの香りが君からするのかな?」

戸惑う声に応えず、逆に質問をしてみる。

すると、もぞもぞ居心地が悪そうに動いていたハルカがピタリと固まった。

不思議に思って覗き込むと、申し訳なさそうに視線を落としている。

「ハルカ?」

「……やっぱり、クッキーおいしくない?」

「おいしいよ。でも、どうして、君からバニラの香りがするとクッキーがおいしくないってことになるんだい?」

「……。」

風船の空気が抜けてしまったかのようにしょぼんとするハルカ。

ぼくの「おいしい」という言葉は耳に入っていないらしい。

「ハルカ。」

中身がこぼれないようにクッキーの袋をソファーの上に置く。

ハルカの頬を両手で挟んで視線を合わせると、さっきよりもさらに涙目になっていた。

「どうして、そんな顔するんだい?君の作ってくれたクッキーはとてもおいしいよ。」

「……。」

「ハルカ。」

じっと瞳を覗き込んでいると、彼女の唇が動く気配がした。

「ん?」

「……ごめんなさい。」

「え?」

どうして謝られてるんだ?

「そのクッキー、実は未完成なの……。」

「そうなのかい?」

ちゃんと材料も適量だし、ナッツだって入ってるし、生焼けということもないのだけれど。

ハルカはコクリと頷く。

「生地にバニラ・オイルを入れようと思ったんだけど、瓶の蓋が固くて開かなかったの。」

「うん。」

「何とか開けようとして力いっぱいひねったら、力が入りすぎて一気に内蓋まで吹っ飛んじゃったの。」

「それはまた……。」

随分と無茶をする。

「それで、全部手とか髪とか服にぶちまけちゃって、クッキーにバニラ・オイルを入れられなかったの……。」

「だから、クッキーからじゃなくて君からバニラの香りがしたんだね。」

「でも、味見したらおいしかったから、これだったらシュウも喜んでくれるかなって思ってプレゼントしたんだけど……。」

彼女の視線がさらに下がっていく。

「やっぱり、バニラの入ってないクッキーなんておいしくないよね……。」

「ハルカ……。」

確かに、人間は香りで食べ物を楽しむらしいけど。

いつか本で読んだところ、無意識に甘みなんかの味覚よりも嗅覚で食べ物のおいしさを決めるんだとか。

でも……。

「おいしいよ、ハルカ。君の作ってくれたクッキーは本当においしい。」

「慰めてくれなくてもいいかも……。」

「だから、本当だって。それに、このクッキーも未完成ってことはないしね。」

「え?」

目を瞬かせた彼女を再び強く抱き寄せる。

いきなりの行動に、ぼくの膝の上で縮こまる彼女の耳元に口を寄せた。

「君をこうして抱きしめて。」

片方の手で袋を引き寄せる。

「こうしてクッキーを口に入れれば。」

薄紅に染まった耳元から白い首筋に顔をうずめる。

「ねえ、ハルカ。おいしそうな匂いのするクッキーになると思わないかい?」

すべらかな肌に頬を擦り寄せながら、口の中でほどける柔らかさを楽しむ。

彼女のバニラの香りが焼きたてのクッキーと相まって、とろけるように甘く感じられた。

「……ねえ、シュウ。」

「何だい?」

「本当においしい?」

「ああ。」

頷くと、恐る恐るといった感じでハルカが手を動かす。

ぼくの背中まで来ると、思い切ったようにぎゅっとシャツを握った。

「じゃあ、わたしとクッキーいっぱい食べてほしいかも!」

「ああ、本当にありがとう、ハルカ。」

ぼくは最高に甘くて贅沢な一枚を手に取った。




おしまい


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